名前:ステファン・ステク

所属:オーストリア・ハンガリー帝国陸軍 ポーランド空軍

階級:中尉

誕生日:1893年11月21日

死没日:1921年5月11日(27歳 航空事故死)

撃墜数:5機(他に未確認撃墜4機)

経歴:1916年オーストリア・ハンガリー帝国陸軍のFlik3に入隊し、偵察機の偵察員として東部戦線で戦った。1918年2月にパイロットへの転換訓練を受け、同年5月にFlik3Jへ配属された後、6月にはFlik9Jの指揮官となり、終戦までに3機を撃墜した。(他に未確認撃墜4機)

戦後は母国ポーランドへ戻り、ポーランド空軍を創設した。その後、ウクライナ軍との戦いが始まると、フォッカーE.Ⅴに搭乗して戦い、ニューポール11と偵察気球を撃墜してエースとなったが、1921年5月11日に航空事故により死亡した。ステクはポーランド空軍の父と呼ばれ、ステクの個人マークだった赤白のチェッカーマークは後にポーランド空軍の国籍マークとなった。

エデュアルド1/48 フォッカーD.Ⅴ(旧版)