名前:アンドリュー・ビーチャムプロクター

 所属:大英帝国陸軍・空軍

階級:大尉

誕生日:1894年9月4日

死没日:1921年6月21日(航空事故)

撃墜数:54機

叙勲:DSO MC DFC ビクトリア十字章

経歴:南アフリカのトップエース。第一次大戦が始まった時はケープタウン大学の学生だったが、退学して南アフリカ陸軍に入隊しライフル兵となった。その後1917年3月にイギリス陸軍航空隊に入隊し、飛行訓練を終えた後、第84飛行中隊に配属となり同年9月にフランスに赴いた。彼はS.E.5aに搭乗したが、身長が155センチしかなかったため座席やフットバーを高く改造して乗ったと言われている。しかし、戦闘機パイロットとしては極めて優秀で、1918年1月に初撃墜を記録して2月の終わりにはエースとなった。その後もハイペースで撃墜記録を伸ばし、5月に20機目、8月に40機目、そして10月8日には最終となる54機目を撃墜した。この日は低空でドイツ偵察機を撃墜した際、彼自身も敵の後方機銃手に腕を撃たれて重傷を負ったが、基地に戻ると戦闘詳報をきちんと書き上げた後に病院へ行き、同僚たちを驚嘆させたと言われている。また、気球の撃墜を得意とし、16個を撃墜して大英帝国空軍のトップエースとなった。

1921年6月21日に英国ヘンドン基地でソッピース・スナイプの操縦中に事故死した。